日々を啄む(Twitterの噛み痕)

ほぼ毎日Twitterで日々起こる出来事にまつわる感情や思いを囀っている、というより啄んでいます。 その「噛み痕」をまとめます。いつかまるまるとした果実が虚空に現れるでしょうか。

5月15日付京都新聞文化欄・詩歌の本棚/新刊評

桜が満開を迎えた頃、大岡信氏の訃報が伝えられた。二〇〇七年「しずおか連詩の会」に私も「連衆」の一人として招かれ、「捌き手」としての氏の炯眼に蒙を啓かれた。「自分の記憶と知識から書かない」「全体を振り返らない」「直前の相手に集中する」―。氏は…

極論ではなく、現代詩がこの異化に抗う言葉や姿勢を発信するようになれば、眠りこもうとする人々の心もよみがえるはず。そんな未知の言葉が生まれようとしているはず。諦めてはいけない。そもそも言葉は、人類の根源的な力だ。 白か黒かに分けて考え語ること…

ひとが真実の言葉を命がけで語れば語るほど、その行為自体を空転させようと、どこからかおのずと悪意と冷笑による力が加えられる。言葉が誰にも届かない。言葉はひらひらした記号としてだけ許される。そんな時代に生きている。

若い人の詩集で、技法や語彙が華やかなのに何も壊されていない詩集が少なくない気がする。現在や共同体に亀裂を入れるような、言葉の歯の向きと数を持たなければ。